PROJECT FILE 03
ミャンマー連邦共和国は2011年の民政移管(事実上の開国)をきっかけに、
全土電化計画などさまざまな経済改革を進めてきました。
ヤンゴンをはじめとした都市部ではインフラ・民間事業の建設ラッシュでコンクリート製品の需要が旺盛になっています。
そのような情勢での工場立ち上げは、日本の企業として工場建設と技術支援を行うという日コンの役割を明確に示す、
大きな使命感と責任感をもったプロジェクトとなりました。
2015年には現地のコンクリート製品メーカーと共に合弁会社 NIPPON CONCRETE (Myanmar)を設立、
翌年には工場が完成し、コンクリートポール及びコンクリートパイルの生産を開始しています。
2006年入社。入社以来生産設備グループ。NC関東パイル製造㈱古河工場(グループ社)建設の最中に配属され、それ以降グループ各社の設備の設計、施工管理を行っている。
2008年入社、社長室・人事室・経理部・海外室・ミャンマー駐在(General Manager)を経て、再度社長室へ。今までの経験を活かし、経営企画の業務に従事している。
ノウハウもリソースも限られた中で
日コンにとって海外拠点立ち上げは数十年ぶりのことであり、社内にノウハウが残っておらず、工場建設においても体制構築においてもまったくの手探りでした。また、「小さく生んで、大きく育てる」という投資方針であったため、人的リソースも資金も限られていました。
これを打開するには、できる限り現地のリソースを有効活用することが必要と考えられました。しかし、当時のミャンマーはまだまだ技術的バックグラウンドが十分ではなかったのです。
このような状況で「いかにして日本の設計思想を理解してもらい、建設を進めてもらうか」、「いかにして安全・高品質な製品を生産する体制を構築し、運営するか」という二つがプロジェクトの課題となりました。
工場完成から生産体制を軌道に乗せるまで
工場成功のためには、日コンの工場設計思想、運営体制のイメージを現地スタッフにうまく伝え、彼らの持ち味を最大限に活かしたオペレーションを行う必要がありました。
生産の肝となる工程・品質教育では、日本から豊富な製造経験をもつ弊社工場のマイスターを招きました。彼らが実際に現場に入り、身振り手振りを混じえながらミャンマーのスタッフに教えることで、非常に早い段階で生産体制を軌道に乗せることができました。
さらに、実際に製造にあたる工場内の各セクションの責任者には日本の工場で3ヶ月間の研修を行い、日コンの品質至上の理念と日本レベルの生産効率をミャンマー工場に持ち帰って実践してもらっています。
海外工場立ち上げの成果
今回のプロジェクトは NIPPON CONCRETE (Myanmar) のスタッフと現地の協力業者が中心となって取り組みましたが、その裏には弊社駐在員と出張者の粘り強い交渉と、たゆまぬ指導がありました。
全て現地の協力業者を使い、コンパクトな予算で完成させた工場にもかかわらず、来場者からは「ミャンマーでは考えられないくらいに素晴らしい工場」との評価を得ています。他の日系企業やローカル企業からも一目置かれる工場を完成させることが出来、スタッフのモチベーションは高く保たれています。
本プロジェクトが今後の日コンの工場建設を含めた海外投資におけるひとつの指針となることは間違いないでしょう。
今回のプロジェクトでは、工場ラインの設計、施工管理を担当しました。
英語を使った経験が乏しかったため、言葉の問題はもちろんありましたが、技術的な面や、購買環境も日本とミャンマーの隔たりは大きく、互いの差をすり合わせていくことに大変苦労しました。
当社の生産ラインでは、一部を除いて汎用機器ではなく、当社の生産工程に合わせてオリジナルの設備を製作して使用します。
こういった設備はコストやアフターフォローの面等から現地調達で行えることが望ましいのですが、機器の製作過程、施工過程においても日本では簡単に手配、購入ができるものも、現地では対応できなかったり、購入するために3日間かけてミャンマー最大の都市であるヤンゴンへ購入に出向いたり、そもそもミャンマーでは流通しておらず購入できなかったりと言ったことが多々ありました。
このプロジェクトを通じ、機能だけでなく、様々な面を考えた検討が必要不可欠だと再認識しました。
管理部門の経験しかなく英語も全くできない私をミャンマーで公私共々サポートしてくれたのは、日緬双方たくさんの方々でした。経営・工場全般のことをMD・COO・CFOから学び実践し、またローカルスタッフと素晴らしい工場を一緒に作り上げた経験はかけがえのないものになりました。
私が帰任した後に、一段と力を発揮して会社を支えるローカルスタッフのエピソードを聞くたびに、私が行った価値があったのだと心から思うとともに彼らを誇りに思います。いずれにせよ、General Managerという経験・実績・勤続年数・年齢に照らし合わせても些か過分な地位を全うできたのも、上記の方々の支えがあってこそだと痛感します。
実に駐在日数の70%以上を工場のあるモーラミャインで過ごしました。胸の熱くなる想い出ばかりで、今でも当時のビデオ…例えば新年会・お祭りの様子や帰国時のはなむけの歌を見てはその時の一瞬に想いを馳せます。目の前で感じた彼らスタッフの真剣な眼差しに後押しを受け、今度は経営企画で日コンの役に立つ所存です。